2017年春の展覧会 「福沢一郎、『本』の仕事と絵画」展ー「福沢一郎・再発見」vol.2ー の会場風景をご紹介します。
これまであまり顧みられてこなかった、福沢一郎の装幀や挿絵の仕事。念願かなって、ようやく展覧会というかたちで、みなさまにお見せすることができました。
今回は仕事の特徴がよくわかるよう、時代ごとに区切って、本の仕事と絵画作品を交互に展示しました。画像中央の《雲》(1938年)は、同年春発行の雑誌『アトリエ』第15巻第5号の表紙と、テーマや色遣いがとても近い作品です。表紙の作品《雲(夕)》(現存未確認)は1938年春の独立展の出品作で、今回展示した《雲》は、《雲の峰》というタイトルで同年秋の個展に出品されたものであることがわかっています。
1940年代、太平洋戦争直前と終戦直後の時期は、特に興味深い仕事が多くみられます。
妻一枝が翻訳をつとめたレイチェル・フィールド著『地のさち天の幸』(1940年)や、仙台二高時代からの親友木暮亮(菅藤高徳)の初単行書『檻』(同年)などの装幀は、福沢自身にとっても思い出深い仕事であったことでしょう。
そして大田洋子著『屍の街』(1948年)など、終戦直後の装幀や挿絵には、荒涼とした大地に裸体群像がうごめく様子が描かれます。
展示室南側の白い漆喰壁に掛かるのは、《女性群像》(1949年)。これも裸体群像ですが、黄色や緑などの鮮やかな色が大胆に配置されたユニークな作例です。
階段奥の小部屋には、主に1950年代の仕事を集めました。装幀・挿絵の仕事が最も多彩なのがこの時期です。唯一残る絵本『みにくいあひるのこ』(1950年)や、挿絵を手掛けた『耳なし芳一』(1950年)など、児童書の仕事はこの時期に集中しています。上の画像右側には、『みにくいあひるのこ』で使用されなかったと思われる水彩画を展示しました。
背の高い展示棚には、装幀を手掛けた書物をたくさん収め、主だった仕事をキャプション付きで展示しました。柴田錬三郎の直木賞受賞作『イエスの裔』(1952年)ではコラージュによる装幀を試み、大江健三郎のデビュー作『死者の奢り』(1958年)では中南米旅行後の強烈な色彩と筆遣いを存分に活かして表紙絵を描きました。
覗きケースには、装幀の指定原稿や表紙絵の原画などを集めました。こうした原稿が画家の手許に遺されていたのは珍しいことなのではないでしょうか? いずれも福沢の『本』の仕事を知るうえで重要な資料です。
また、この小部屋には《犬と骨》という不思議な作品も展示しました。暗い色調で描かれた犬と、幾何学模様の鮮やかな地面、そして背景の蝙蝠傘が奇妙なコントラストを成しています。この蝙蝠傘、50年代のいくつかの作品と、『渇いた心 黒田三郎詩集』(1957年)の装幀にあらわれる、案外レアなモティーフです。
さて、今回の展覧会では、「特集『秩父山塊』+『アマゾンからメキシコへ』」というコーナーをもうけ、ふたつの特徴ある書物を掘り下げてご紹介しました。
『秩父山塊』(1944年)は、太平洋戦争のさなか、秩父の山々を歩きながらその風景を興味深く眺め描いたスケッチと文章による画文集です。殊に地質学に関する知識をベースにした風景の捉え方はユニークで、その知識の深さは現役の地質学者も舌を巻くほどです。
また『アマゾンからメキシコへ』(1954年)は、カメラ片手に中南米を旅行した際の体験をもとにした書物で、こちらは人類学の知識が豊富に盛り込まれるほか、近現代の美術にも目が向けられています。また、スケッチのかわりに写真図版が豊富に盛り込まれており、時代の変化を感じさせます。
旅した場所や興味の方向は違いますが、このふたつの書物はじつに似た造りになっていて、『秩父山塊』の10年後に『アマゾンからメキシコへ』が出版されたのは、決して偶然ではなく、『秩父山塊』リバイバル!とでもいうような、福沢の強い意志が働いたものではないかと想像されます。
上の画像右側、アトリエ北側のコーナーには、1960年代以降の本の仕事を集めました。地元富岡市の詩人斎藤朋雄の詩集『ムシバガイタイ』(1965年)、約8年間カットや表紙絵を提供していた雑誌『自由』(表紙絵は1969〜1974年)、メキシコ滞在時に知己を得た外交官伊藤武好の訳による、ホルヘ・イカサ著『ワプシンゴ』(1974年)、そして山本太郎著の詩集『ユリシイズ』(1975年)など、多彩な仕事がみられます。この頃になると、装幀をどう考慮するかという問題意識よりも、純粋に画家として「絵」を提供することに主眼が置かれた仕事が目立ちます。
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「福沢一郎・再発見」vol.2として開催した今回の展覧会、意欲的な取り組みと評価をいただいておりますが、「福沢一郎・再発見」の試みはまだまだ続きます。今後もユニークな展覧会や企画、情報発信を続けていきたいと思います。
展覧会詳細は、→こちらから。