【展覧会】PROJECT dnF 第5回 蓬󠄀田真「display」アーティストコメント

蓬󠄀田真 アーティストコメント … 往復メールから

2016年10月〜12月
ききて:伊藤佳之(福沢一郎記念館非常勤嘱託(学芸員))


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蓬󠄀田真(よもぎだ・まこと)
1971年生まれ。1996年、多摩美術大学絵画科油画専攻卒業(福沢一郎賞)、同年 第14回上野の森美術館大賞展入選・賞候補。2000年、個展「蓬󠄀田真展」(横浜トヨペット本社ショールーム ウエインズ21)。2002年、第12回全日本アートサロン絵画大賞展入選。2007年、個展「ものを見て描く~油彩・水彩・染付から~ 蓬󠄀田真展」(横浜・相鉄ギャラリー)。2012年、DESIGN FESTA vol.35に出展(東京ビッグサイト)。ほか個展、グループ展多数。

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1 第1回「福沢一郎賞」受賞作品

—- 今回の記念館での個展、展示してみて、いかがですか。率直な感想をおきかせください。

蓬󠄀田 ひとことで言うと「ありがとうございました」というのが展示させていただいた感想です。まず記念館の皆様には、第1回福沢一郎賞受賞者として個展を開催させていただき、大変感謝しております。そして観に来てくださった皆様にもお礼を言いたいです。
今回記念館での展示が決まったことは作品制作の大きな励みとなりました。またギャラリーではなく、福沢一郎さんのアトリエという空間のおかげで、来てくださった方々にゆったりと鑑賞していただけたようです。記念館は私自身にとっても、展示しやすく、居心地のよい場所でした。

—- こちらとしても、ありがたいことです。今回は第1回福沢一郎賞受賞作品「イエローテーブル」から最近作、そして陶器やカルトナージュなど、いろいろな作品を展示していただきました。この展示の意図というか、ねらいを、おきかせ願えますか。

蓬󠄀田 賑やかで、気軽にみていただける雰囲気を心がけました。展覧会名を「display」としたのは、作品を「展示する」というよりも「陳列する」「並べる」感じにしたかったからです。また静物画で、ものを並べる時には、自分だけのショーウィンドウを作るイメージがあり、displayという言葉が合っていると感じたからでもあります。

—- なるほど。ではまず、福沢一郎賞受賞の《イエローテーブル》(1996年、図1)についてお話うかがいたいと思います。白や黄色のモティーフで占められたテーブル。所々グリーンもありますが…。電話やボウル、洗剤、レモンなど、わりと身近なモティーフが多いですね。しかし、背景には何処の街なのか判然としない地図が、薄暗い中に描かれていて、明るいテーブルの上との強いコントラストを感じます。リアルなのにリアルじゃない室内、といいますか…そんな印象を私などは受けます。じっさい、この作品はどのように描かれたのでしょう?



図1 《イエローテーブル》 1996年 油彩 F100

蓬󠄀田 自宅の自分の部屋で、モチーフを並べて描きました。「暗い部屋に黄色いかたまりがある」イメージで、黄色いものを探し回った記憶があります。自宅に転がっていたものもあれば、街に出て買ってきたものもあります。モチーフを並べる時は楽しく、作品もちょうど1ヶ月で完成しました。背景は黄色いモチーフとのコントラストを強められるよう、暗くしました。地図は柄として見るとすごく面白く、テーブルにかけたレモン柄の布と対比させる意味で後ろに配置しました。

—- 実際に部屋の中に構成されたモティーフを見ながら、「黄色いかたまり」を強調するような画面づくりを心がけられたということなんですね。地図が柄として面白いという感覚、わかるような気がします。でも、これはどこの地図ですか?という質問を受けることもあったのではないでしょうか? 実際、今回展覧会場ではそんな声も聞かれました。

蓬󠄀田 ご覧いただいた方から「ロンドンではないか」と教えていただきました。そう言われるとロンドンだったような気がしますが、正確にはどこの地図かわかりません。川のうねった形と、四角い建築物の対比がおもしろくて選びました。





2 静物画を中心に

—- そもそも、静物を中心に制作をし続けておられるのは、どうしてなんでしょう? 人物とか風景とか幻想の世界とか…そうしたものでなく、静物を。

蓬󠄀田 ものを目の前に置いて、それを見て描くのが好きなんです。植物や果物は時間が経つにつれて枯れたり腐ったりしていきますが、基本的には時間が経っても状態は変わらないのでじっくり制作できます。時間をかけて少しずつ画面を作っていきたいから、静物を描いています。絵を描き終えて、ずっと組みっぱなしだったモチーフをくずす時はすごくうれしいです。

—- あくまで、モノが集まってできるヴィジョン、あるいは図像そのものにご興味がおありなんですね。だから、作品の集積である個展の場合も、「展示」ではなく「陳列」、displayを目指したわけですね。確かに「展示」という場合、作品の並べ方にストーリーや意味、関連性をもたせたりして、何かしらの意図、メッセージを込める場合が多いです。蓬󠄀田さんの場合は、あくまでヴィジュアルにこだわる。意味やメッセージはある意味余計な要素、という感じなのでしょうか。

蓬󠄀田 余計な要素、とまでは言いませんが、私自身は「これいいな」と思ったものを納得いくまで描くだけで十分なんです。ものを描いていくことで画面ができていき、作家の言いたいことは絵の中のものに隠れて見えてこないような。例えば昆虫図鑑の虫の絵は小さい頃からずっと好きですし、植物画にも興味があります。

—- 今回は植物画も何点か展示していただきました(図2)。モティーフとなる植物はどんなふうに選ぶのでしょう?



図2 《リンゴ》 2005年 水彩 74×56cm

蓬󠄀田 その季節に咲いたり、実ったりしているものを選びます。
静物を制作する時には当然自分で描くものをいろいろ準備しなければならないのですが、植物を描く場合は時期が来れば、それだけでよいモチーフになるところがありがたいです。花や実は早く描ききってしまわないと枯れたりしおれたりしてしまうので集中して制作しなければならず、静物画とは違った魅力があると思います。

—- 植物画の制作で得たイメージが、(油彩の)作品のなかに登場したりすることはあるのでしょうか?

蓬󠄀田 絵画作品についてはありませんが、今回、絵と一緒に展示した染付の皿には、魚や水辺の生き物を描いています。かっこいいな、面白いな、と感じた生き物を皿に絵付けし、その上から透明な釉薬をかけて焼きます。完成すると、呉須と呼ばれる顔料で描いた魚などの絵が釉薬でコーティングされるので、実際に料理をのせて使うことができます。皿に料理をのせるのは当たり前のことですが、陶芸を始めた頃「自分が描いた絵が生活の中で使えるんだ」と考えると、なんだか無性に嬉しくなったことを覚えています。




3 さまざまな制作

—- そうでした。今回は染付のお皿も展示していただきましたね(図3)。蓬󠄀田さんの制作の幅広さがうかがえます。陶芸はいつごろからなさっているのですか?



図3 陶器の展示の様子

蓬󠄀田 初めて陶芸を体験したのはもう20年ほど前です。紙やキャンバスのかわりに、素焼きのお皿に絵を描くようなイメージで制作しています。ただ私は形を作るのが得意ではなく、何を作ってもふにゃっとした形になってしまいます。
やきものの場合、描いた絵の仕上がりは窯から出てくるまでわかりません。それが楽しみでもあり、心配でもあります。

—- そして今回は、『カルトナージュ』という、紙や布で装飾した箱も展示なさっていましたね(図4)。これを制作するようになったきっかけはどんなものでしょう。

蓬󠄀田 モチーフとして集めていた柄布がたまり、何かできないかと考えていたところ、厚紙で作った箱に布を貼るカルトナージュを知りました。先ほどの染付の皿と同様、身近な生活の中で使えますし、形や大きさも自分が入れたいものに合わせて変えられます。内側に貼る布についても、外側の布と響き合う色にするか、開けた人が「意外」と感じる色にするかを考えることができ、楽しいです。



図4 カルトナージュ制作例


4 教師という立場で

—- 今は高校で美術の教師をなさっていますが、「美術」という教科を「教える」ことの難しさ、そして面白さはどんなものでしょう。

蓬󠄀田 高校では、生徒は芸術科目の一つとして美術を選択する形になります。当然ですが、選択した全員が美術関係の進路に進むわけではありませんので、美術の専門家を育てるのではなく、少しでも美術を好きになってもらえたらいいな、そういうきっかけになったらいいな、と思って授業をしています。
高校生の作品には、私にはとても思いつかない新鮮な発想や大胆な表現があります。一人一人の違いや生きてきた時間が作品として、目に見える形でできあがる場に立ち会えるのは幸せなことです。
また、美術関係に進学した生徒と卒業後に話したり、卒業生の作品展を見に行ったりするのはすごく楽しいし、この職業でしか味わえない喜びだと思います。

—- また、画家と教師の両立という問題は、どのように考えていらっしゃいますか。私が思うに、蓬󠄀田さんはそこのところは、あまり強く意識せず、自然体で仕事も制作もすすめていらっしゃるように思うのですが。

蓬󠄀田 ありがたいお言葉ですが、仕事も制作も、自然体にはほど遠い状態です…。確かに「両立させるぞ」と考えたことはなく、仕事が終わってからの時間をどう制作に生かすかを考えています。忙しいのはどんな仕事でも同じでしょうし、働いたからこそ、また制作に集中できる部分もあると思います。
大学でお世話になった先生方からいただいたお手紙にも、「頑張って制作を続けるように」とか「粘ってください」とあり、自分が小さい頃から好きで続けてきたことを、これからも続けていきたいです。





—- 最後に、今後の制作で、大事にしたいこと、挑戦してみたいことなどがあれば、教えてください。

蓬󠄀田 これからも、一つ一つ丁寧に制作していきたいです。そして平面作品以外にも、まだやったことのない工芸的な分野などにも挑戦してみたいと思っています。



図5 《白のテーブル》 2002年 油彩 F20






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第1回「福沢一郎賞」受賞者を世に送り出してから22年。受賞者の数は昨年までで252名になる。当然のことながら、受賞者の「その後」はさまざまである。海外を拠点に活動する者、美術館やギャラリーの展覧会で引っ張りだこの人気者もあれば、ひっそりと自らの愉しみとして制作を続ける者もいる。中には制作を全く止めてしまった者もいると聞く。それでも、受賞の喜びが現在までの活動の原動力になっている、と受賞者の方からことばをいただくたび、ささやかな賞も決して無駄ではなかったと思える。
蓬󠄀田は、決して華々しい活躍とはいえないかもしれないが、高校教諭をつとめながら、地道な活動を継続してきた。その制作は、描く対象のヴィジュアルに純粋に迫ろうという、至ってシンプルなものである。モティーフとの対話を愚直に繰り返し、明瞭な描画によってそのヴィジュアルを鮮やかに浮かび上がらせる。第1回福沢一郎賞受賞作《イエローテーブル》から今日の制作まで、その態度は一貫している。
自らが挑んだ100号の画面を生徒たちに見せた瞬間「やっと教師として認めてもらえるんです」と照れたように笑う画家のうちには、ひたむきに対象と画面との対話を繰り返した、その膨大な積み重ねによる確かな自負がある。ゆるがない制作によって生徒たちに画家のありよう、そして絵画のありようを示す。蓬󠄀田は疑いなく、そんな教師であり続けるだろう。
彼のもとから巣立つ子どもたちの中から、次の「福沢一郎賞」受賞者がうまれる日も、そう遠くない将来やってくるかもしれない。(伊藤佳之)


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※この記事は、展覧会終了後、ききてと作家との間で交わされた往復メールを編集し、再構成したものです。
※ 図番号のない画像は、すべて会場風景および外観