【作品】 アニョロ・ブルネレスキを襲う蛇 / Snake assault Anolo Brunelleschi 1974年

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題名/title: 《アニョロ・ブルネレスキを襲う蛇》/ Snake assault Anolo Brunelleschi
制作年
/date:
1974年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 227.3×181.8cm
所蔵
/collection
群馬県立近代美術館
Museum of Modern Art, Gunma
  日本の地獄に続いて、福沢は西洋の地獄に取り組む。それはかつて終戦直後の世相を重ね合わせて描いた、ダンテ『神曲・地獄篇』の世界だった。ただし、終戦直後の連作では物語の具体的な場面を描くことはせず、その「幻想」から裸体群像を描くに至ったのだが、今回は物語に基づき、各場面の描出をおこなっている。

【作品】 ニンフと牧神 / Nymph and Pan 1970年

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題名/title: 《ニンフと牧神》/ Nymph and Pan
制作年
/date:
1970年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァスacrylic on canvas
寸法/size: 181.8×227.3cm
所蔵
/collection
群馬県立近代美術館
Museum of Modern Art, Gunma
  1970年4月、福沢はギリシャへ旅行する。博物館や遺跡を巡り、古代ギリシャの幻想に思いを馳せた彼は、早速ギリシャと古代神話の世界を大画面に描いてゆく。本作品は古代の壷絵から図像を引用して、かの地で得た独特な世界観を直截的に示そうとしている。

【作品】 餓鬼 / Gaki(Preta) 1972年

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題名/title: 《餓鬼》/ Gaki(Preta)
制作年
/date:
1972年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 227×179cm
所蔵
/collection
愛知県美術館
Aichi Prefectural Museum of Art
  1970年代前半、ギリシャ神話に取材した一連の作品に引き続き、福沢は「地獄」や「餓鬼」をテーマにした連作に取り組む。1972年には源信の『往生要集』にみられる日本の地獄や餓鬼のすがたを多数描いた。暗い風景の中で蠢き、そして近景に赤く浮かび上がる餓鬼の姿が、陰惨なようでもあり、またユーモラスでもあるのは、逞しく生き続けようとする者達への共感によるものか。

【作品】 レダ / Leda 1992年

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題名/title: 《レダ》/ Leda
制作年
/date:
1992年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 193.0×259.1cm
所蔵
/collection
福沢一郎記念美術財団
FUKUZAWA Ichiro Memorial Museum
  1960年代後半から最晩年に至るまで、「レダ」は福沢の作品にしばしばあらわれる。彼は白鳥となった大神ゼウスと、共に戯れるレダの姿を借りて、奔放でおおらかな人間讃歌を描こうとした。

【作品】 天の磐戸 / AMA-NO-IWADO 1986年

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題名/title: 《天の磐戸》/ AMA-NO-IWADO
制作年
/date:
1986年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 197.0×333.3cm
所蔵
/collection
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
Tomioka City Museum / FUKUZAWA Ichiro Memorial Gallery
80年代半ば、福沢は古事記に取材した大作に取り組む。時に猥雑で時に奇想天外な神話の世界は、福沢の好んだ奔放で力強い人間のすがたを描くのに格好の主題だった。

【作品】 悪のボルテージが上昇するか21世紀 / Will the Voltage of evil rise in 21th century? 1986年

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題名/title: 悪のボルテージが上昇するか21世紀/Will the Voltage of evil rise in 21th century?
制作年
/date:
1986年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 197.0×333.3cm
所蔵
/collection
富岡市立美術博物館/福沢一郎記念美術館
Tomioka City Museum / Fukuzawa Ichiro Memorial Gallery
80年代半ば、日本はバブル経済真っ只中であったが、世界情勢は混乱し戦争と貧困とが広がりつつあった。福沢はそんな現今の世情から、やや警句的に、象徴的に、未来のすがたを描いた。裸体群像がうごめくさまは終戦直後の《敗戦群像》などの連作を彷彿とさせる。

【作品】 ノアの箱舟の出来事 / A Scene of Noah’s Ark 1991年

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題名/title: 《ノアの箱舟の出来事》/ A Scene of Noah’s Ark
制作年
/date:
1991年
技法・材質
/materials:
アクリル・カンヴァス/acrylic on canvas
寸法/size: 193.0×259.1cm
所蔵
/collection
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
Tomioka City Museum / FUKUZAWA Ichiro Memorial Gallery
  旧約聖書、ことにノアの箱舟の物語は晩年の福沢にとって重要な主題であった。洪水から逃げ惑う人間像が多く描かれるなか、最晩年の本作品は一転して静かな印象を受けるものである。洪水のあと箱舟から出て来る動物と人間達、そして明るい水辺の風景が画面を支配し、その光景を静かに見つめる人物=ノアが画面右端に描かれる。65年に及ぶ画業をとおして、人間社会を諧謔的に描くことを本領としてきた福沢は、没する前年、人間への確かな信頼をこの大きな画面に込めた。

【作品】 船舶兵基地出発 / Seaman goes to war from base 1945年

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題名/title: 《船舶兵基地出発》/ Seaman goes to war from base
制作年
/date:
1945年
技法・材質
/materials:
油彩・カンヴァス/oil on canvas
寸法/size: 182.0×258.0cm
所蔵
/collection
東京国立近代美術館(アメリカ合衆国より無期限貸与)
The National Museum of Modern Art, Tokyo(eternal loan from United States of America)
  1945年4月の「戦争記録画展」に同名の作品が出品されているが、同展を紹介した雑誌記事に掲載された同名の作品図版と本作品は異なり、また特攻艇がまさに大型船に激突しようとするような場面を描いていることから、出品歴と題名について更なる検討を要する。描かれた特攻艇は四式肉薄攻撃艇「マルレ」か。穏やかな筆遣いがドラマティックな画面構成を伴って現れるのは、戦争画を描いていた時期に限ってみられる特徴である。

【作品】 魚雷攻撃(マレー沖海戦) / The Naval Battle off Malaya 1942年

題名/title: 《魚雷攻撃(マレー沖会戦)》/ The Naval Battle off Malaya
制作年
/date:
1942年
技法・材質
/materials:
油彩・カンヴァス/oil on canvas
寸法/size: 60.8×90.3cm
所蔵
/collection
福富太郎コレクション
FUKUTOMI Taro Collection
  1941年に治安維持法違反の嫌疑で逮捕されて後、福沢は美術文化協会に復帰し、国策に沿った活動を行ってゆこうとする。1942年5月の第三回展には「企画作品」として《帰雁》《狂乱のエクゼター》など南方の海戦にまつわる作品を描いている。本作品は出品作ではないが、そうした一連の海洋画連作の一部といえよう。

【作品】 黒い幻想 / Black Fantasy 1959年

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題名/title: 《黒い幻想》/ Black Fantasy
制作年
/date:
1959年頃
技法・材質
/materials:
油彩・カンヴァス / oil on canvas
寸法/size: 116.7×91.0cm
所蔵
/collection
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
Tomioka City Museum/FUKUZAWA Ichiro Memorial Gallery
  黒一色の不気味な画面は、油で溶いた絵の具を画面に流し、くしゃくしゃにした布などを貼り付け、そのまま放置して固着させたり、あるいは引き剥がしたりして作られたものと思われる。「モノクロームで一種デカルコマニーの方法をキャンバスに応用し、唐突で偶成的なイマージュの世界を楽しんだ」と画家自身が述べるように、1930年代にシュルレアリスムの画家達が行ったような無意識の世界の探求を、福沢はこのとき試していたようである。即物的な表現に傾斜した時期なればこその、「シュルレアリスムの復活」か。