【展覧会】PROJECT dnF 第3回 広瀬美帆「わたしのまわりのカタチ」作家インタビュー

広瀬美帆 インタビュー

2016年10月8日
ききて:伊藤佳之(福沢一郎記念館非常勤嘱託(学芸員))

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広瀬美帆(ひろせ・みほ)
1974年生まれ。1998年、女子美術大学芸術学部絵画学科洋画専攻卒業(卒業制作賞) 、1999年、第8回奨学生美術展(佐藤美術館)。2000年、女子美術大学大学院美術研究科美術専攻修士課程美術研究科修了、福沢一郎賞。同年現代日本美術展に出品。2001年、文化庁芸術インターンシップ研修員。2005年、瞬生画廊にて個展。以後毎年同画廊にて個展を開催。2014年、横須賀美術館にて「平成26年度第1期所蔵品展 特集:広瀬美帆」開催。

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1 今回の展示について

—- ここ数年、毎年銀座で個展をなさっている広瀬さん、まずは今回の展示について率直な感想を…。

広瀬 今まで、画廊や美術館で展示をしたことはあったんですが、もちろん画家のアトリエでの展示は初めてです。天井が高くて、北側からの光がきれいに入って、いいですね。こんな場所で個展ができるなんて、とてもうれしいです。ここだと、家や画廊では大きく感じる作品が、ぜんぜん大きく感じない(笑)。でも、いろいろやりたいことが試せたかなと思います。

—- 具体的には?

広瀬 例えば、西側の白くて大きな壁(図1)。ただ横並びに展示するのはもったいないなあと思って、ランダムにばらばらと置いてみました。こういう展示のしかたは初めてなのですが、ちょっとやってみたい気持ちはあったんです。


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図1 展示室西側の壁

—- この壁の作品を位置決めするのがとても早くて、さすがだなあと思いました。

広瀬 そうですか? 感覚としては、絵の構図を決めるときと同じですね。この壁全体が画面みたいな捉え方で。

—- なるほど、納得です。壁じたいが絵だと考えると、そのなかにまた絵がいっぱいあって、「画中画」みたいで面白いですね。絵の構図を決めるときもわりと早く決まるものですか?

広瀬 それがそうでもなくて(笑)。さっと決まるものもあれば、ずいぶん考えることもあります。でも、あんまり苦心しているような絵には見せたくないので…ひそかに苦労していることもある、という感じです。



2 モティーフと制作

— 展覧会のタイトルについても、お話うかがってみましょう。「わたしのまわりのカタチ」は、シンプルですが、広瀬さんご自身の制作のポイントをよくあらわしていることばだと思います。

広瀬 はい、そのものずばりで。

—- そもそも、モティーフのかたちに興味があるのだと。モティーフそのもの、例えばお団子の味だとか食器への愛着とか、そういうモノの背景や思い出などは、はっきりいってあまり興味がないと。

広瀬 そうですね。かたちをどう捉えるか。私がどう見ているかがわかるような構図、切り取り方を、さきほどお話したように、かなり厳密にやるんです。

—- 例えば、《一匹ずつ鯛焼》(図2)は、鯛焼きを焼く型や、それをはさむペンチみたいなものは描かれていますが、人物は描かれていませんね。


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図2 《一匹ずつ鯛焼》2013年 油彩・マゾナイト F100

広瀬 自分が描きたいモティーフ以外のかたちが来るのは、違うと思っているんです。物語ができちゃったり、意味がついちゃうじゃないですか。そうすると、絵を観る人の思いとか考えとかと、違うものになってしまうかもしれない。例えば(鯛焼を)焼いている人がどんな人なのか、お客さんがいるのか、そういうものがわからないほうが、観る人が想像できると思うんですね。もっというと、背景に窓を描いたら、そこは部屋の中とか。そうすると、かたちそのものに眼がいかない。私が考える絵の意味が、半分になっちゃうんです。だったら別々に描けばいい。

—- 窓が描きたければ窓だけ描けばいいと。

広瀬 そうです。それならひとつひとつ意味を持つ。私の絵はそういうものだと思っていて、なるべく(モティーフを)省略することに心を砕いています。

—- そうした、おもしろい!と思ったモノのかたちは、どういうふうに記録しておくんですか。たとえばスケッチするとか。

広瀬 スケッチすることもありますし、雑誌の広告写真みたいなものを使うこともあります。例えば《一匹ずつ鯛焼》は、鯛焼き屋さんにお願いして、スケッチしたり写真を撮らせてもらったりしました。《マスクメロン3個入》(図3)は、広告の写真を使っています。桐の箱に入ったメロンですけど、例えばへたのリズムとか、工業的に作られたのではない、それぞれ個性のあるかたちが面白いなあと思いました。


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図3 《マスクメロン3個入》2016年 油彩・マゾナイト M20

—- ずいぶん前に発見したモノのかたちを、突然描いてみたくなることもあるんでしょうか。

広瀬 そういうこともたまにありますが、だいたいはそのときどきで、描きたいと思ったものを描きますね。

—- もうちょっと作品の描き方、技法についてお聞きしたいと思います。支持体はたいていの場合、マゾナイトという合板ですよね。そもそもこれをお使いになる理由は?

広瀬 大学生のときに、いろいろな支持体を試していて…私、油絵の具で描いてますけど、いわゆる油絵のベトっとした感じや、テカった感じよりも、日本画みたいなマットな感じが好きなんです。そういう感じを出しやすい表現を試行錯誤していて、板に下地を作って描くのがいいかなと。で、大学の先生に、こんなのがあるよ、保存にも適してるよ、と教えていただいたのが、マゾナイトだったんです。


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—- 保存のこと、あまり気にしない作家が多いですが、それはいいアドバイスでしたね。画材のことをもう少しお聞きします。油絵の具を主に使っていらっしゃいますが、他にも鉛筆など、けっこう細かいところで、いろいろ使っていらっしゃるように思います。《マスクメロン3個入》のメロンも、網目に鉛筆の線が使われていますよね。

広瀬 筆と絵の具じゃ出せないニュアンスが必要なときって、あるんです。例えば、グラファイトという、鉛筆の芯の大きいやつで背景を塗ったり、羊の毛を表現するときは(鉛筆で)ぐりぐりしたりしています。絵具の色のひとつのように捉えて使っています。

—- それにしても、どの作品も、背景がそれぞれ特徴的だなあと思います。

広瀬 背景は、実はけっこう作り込んでいるんですよ。色を何層も重ねたり、一度塗って拭き取ったりしながら作ります。モティーフとの関係を考えながら、当たり前の色じゃなくて…。

—- ああ、例えば《じんじん仁丹》(図3)とか、ピンクですよね!


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図3 《じんじん仁丹》 2011年 油彩・マゾナイト F4

広瀬 そうそう。あれがグレーとか茶色みたいな、オジサンのスーツの色だったら、なんだか普通じゃないですか。ああ、仁丹か、って。そうじゃなくて、もっとモティーフのかたちに目が行く色にしたいと思っているんです。え、こんなかたちだったっけ、面白い!みたいな。《マスクメロン3個入》も、メロンは桐の箱に入って、白い紙に包まれているんですけど、白・白の背景だと、ちょっとなあ…と思って。なんというか…三姉妹的な。

—- 三兄弟ではなく三姉妹!

広瀬 美人めの三姉妹みたいな(笑)。そんな雰囲気が出るような…かたちの面白さ、個性が出るような、そんな絵になればと思って描きました。

—- それにしても、この画面づくりは、残念ながら写真やデジタル画像ではなかなか再現できませんねえ。ちょっと損かもしれません。

広瀬 そうですね(笑)。展覧会のDMなど作っても、作品とぜんぜんちがうね!と言われることが多いです。

—- これはぜひ、実物を観ていただかねば…。私などは、広瀬さんの描くものに、いろいろ感じ入ってしまうんですよ。ビールうまそう!とか、メロン…メロンいいなあ…とか。食べ物ばかりで恐縮ですけど(笑)。たぶん、広瀬さんとモティーフとのほどよい距離感、いってみればあまり強く思い入れをつっこまない、フラットな関係というのが、我々の思い入れを受けとめる間口の広さ、奥行きの深さのもとになっているのかな、と私などは思うんです。

広瀬 そうかもしれません。先ほどもちょっと話しましたけど、私、観る人にゆだねちゃうんです。どうぞ好きに観てくださいって。観る人の想像が膨らめばいいかなと思っています。もちろん自分の感情や思い入れがぜんぜんないわけじゃないですけど、自由に感じてくれればそれが一番いいかなと。


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3 影響を受けた画家たち

—- ちょっと話題を変えまして…今まで影響を受けた画家について、お話をうかがいたいと思います。『タウンニュース 横須賀版』の2014年4月の記事で(1)、美大受験のための予備校に通っていらしたとき、フランスの画家ヴュイヤールを知ったことが書かれていました。

広瀬 はい。その頃、いろんな画家に影響を受けていたんです。それで先生に「ああ、これは誰々だよね」とか、すぐ指摘されてしまって。それと、私、奥行きのある絵とか…例えば、水晶の球をリアルに描く!みたいなのが下手なんですよ(笑)。そんなこともあって、なかなか自分らしい絵が描けなかった。そんなとき、東京藝大在学中で予備校に教えに来ていた講師の方に、「広瀬なら、これかな」と、たくさんある本の中からひょいと取りだして渡されたのが、ヴュイヤールの画集だったんです。

—- ヴュイヤールのどんなところに惹かれたんでしょう。

広瀬 なんというか、平面的なのに、まわりの空気感があるというか。すんなり自分に入ってきました。そしてその講師の方が、「こういう絵が描ければ、大学受かるよ!」って言われて(笑)。

—- ほんとですか!?

広瀬 はい(笑)。それで、一生懸命研究しました。そのときにヴュイヤールの絵から学んだことは、たくさんあります。全体的に柔らかい色あいの中で、赤みたいな強い色を(要所に)配して画面をきっちり締めるとか。意識的に塗り残して、前に塗った絵の具層の色をちらりと見せるとか。筆で塗った線じゃできない表現ですよね。


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—- ほかに影響を受けた画家さんは?

広瀬 熊谷守一。今でも大好きな画家ですけど、ああいう平面的なのに奥深いというか、画面の作り方に惹かれました。

—- やはりなんとなく傾向が…。

広瀬 そうなんです(笑)。やっぱり平面的にものを捉える方に惹かれます。私も、それでいいんだと思えて、救われたので。例えば予備校で人物を描いているとき、他の人ががっつり奥行き!みたいな絵を描いている横で、私は人物の背景に柄を入れて…。

—- 柄?

広瀬 はい、模様というか柄というか。それだけで世界ができるじゃないですか。だから、いろんな模様、柄を描けるように、たくさん描いて頭と腕に叩き込みました(笑)。

—- やっぱり独特ですねえ。


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広瀬 私の通った予備校では、受験のための勉強というよりは、画家として長く続けていけるような、そういう教え方をすると言ってくださるところだったんです。

—- じゃあ大学の受験の課題もそんなふうに…。

広瀬 そうです。なんとか受かりました。でも、卒業するとき、ある先生に、「私、あなたの受験の絵がとても印象に残っているの」と言われて、すごく嬉しかったです。認めてくださる人がいてよかった、って。

—- へえ。そのときの課題の作品は?

広瀬 廃棄されました! 答案なので、やっぱり返してはくれなかったです。

—- 残念です…。


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4 人物像から身近なものたちへ

—- 大学に入ってからは、主に人物をモティーフに描いてらっしゃいましたね。

広瀬 ほぼ全部、自分です。自分のこともよくわかっていないんですけど(笑)、でも、そんな自分が、もっとよくわからない他人なんて描けるわけないって思って、ひたすら自分を描いていました。ワイヤー構造みたいなもので彫刻を作るように描いて、でも画面に現れるときは、逆光のシルエットみたいな、そんな感じを目指していましたね。

—- やはり、どっしり量感、ではないんですね。

広瀬 はい。で、その後、麻生三郎さんの作品を間近でみたときに、びっくりしたんです。これ、私がやりたいことじゃん!って。もうやられちゃってるよ!みたいな(笑)。

—- ああ…。

広瀬 麻生三郎さんがここまでやり尽くしていることを、私がまたやってもしょうがないと思ったんですよ。じゃ私ができることは何だろうって、いろいろ考えました。その後大学から離れて、自宅で絵を描くようになったときに、大きな作品を描くのが難しくなって…私、人物は等身大くらいで描かないといけないと思っていたんです。だから大学で人物を描いていたときは、いつもだいたい150号でした。自宅じゃちょっと無理ですよね…。そんなこんなが重なって、自然と身近なものたちに目を向けるようになったんです。

—- 身近なものたちも、人物の場合と同じく、あまりスケールダウンしては描きたくないんですね。

広瀬 そうですね。自分の視点がしっかり表現できる大きさを意識しています。


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—- 今回の出品作のなかでは《錘刀》(図4)が一番早い時期の作品ですね。この頃から本格的に身近なものたちを描き始めたと。それにしてもなぜこんなマニアックなものを…。

広瀬 ああ、ちょうどこれを描いていた頃、スパイにはまってまして(笑)。


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図4 《錘刀》 2001年 油彩・マゾナイト F20

—- スパイ?

広瀬 なんだか、私、マイブームがいろいろあるんです。錘刀って、密かに懐とかに忍ばせておいて、ブスリ!みたいな道具なんですね。そのかたちが面白いなあと思って。指を通す穴が3つあるんですが、そのうちのひとつ、薬指を通す穴だけ、ちょっとずれてるんですよ。そこに惹かれて、描いてみました。

—- 背景が黒っぽく塗られて、そこに赤く妖しく錘刀が浮き上がっているような…。

広瀬 いちおう、武器に染み付いた血みたいなものもイメージしました。ちょっと怖いですね(笑)。

—- 最近の作品とはずいぶん印象が違いますが、視点としてはあまり変わらずにいるわけですね。

広瀬 はい、あくまで「カタチ」にこだわりたい。それは一貫しています。



5 これからの制作

—- お話をうかがっていて、私などには、福沢一郎の絵画との共通点が浮かび上がってきました。例えば、背景の色の作り方。ヴュイヤールの絵などにもありますが、初めに塗った色を最後まで辛抱強く残して、それを活かしたり、要所要所に強い色を配して画面を締めるような方法。初期から晩年まで、かなり意識していたようです。

広瀬 ああ、言われてみれば…ですね。

—- やっぱりご縁があったんだなあと。

広瀬 なんだかうれしいです。

—- 最後に、画家としてこれから目指すところを、お聞かせください。

広瀬 あまり深く考えていないんですけど…ずっと身近なもののかたちを描いていて、それは変わらないと思うんですが、たぶん、自分が年をとって、子供が大きくなって、両親が老いて、そんな時間の流れのなかで、かたちに対する意識とか気持ちとか、そういうものは少しずつ変わっていくと思うんですね。そんな中でも、身近なかたちに寄り添いながら、ずっと制作を続けられればいいなと。そして、作品がもっと売れるといいなと思います(笑)。


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10月8日(土)のギャラリー・トーク風景

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ポップなのに緻密。堅牢なのに柔らか。二律背反が心地よく同居する画面が、広瀬作品の最大の魅力だ。その画面は、画家が自分らしくありたいと研究を重ねてきた技術に裏打ちされている。
広瀬の考える「自分らしく描くこと」は、インタビューの回答にも明かなように、もののかたちを平面的に、奥行きを伴うことにこだわらずに捉え、自らの設定した視線によって厳しく配置するところからはじまる。それに続くのは、イリュージョンとしての絵画から距離を置き、形態と色彩のせめぎ合いから画面を生み出す、ある意味非常にストイックな作業だ。しかし厳しさが画面からにじみ出して来ないのは、心地よくデフォルメされたモティーフそれ自体のゆるさのせいかもしれない。厳しさとゆるさが反応しあって、一種のしなやかな緊張が画面に満ちる。それが広瀬の理想的な作品のありようだといえる。
身近なもののカタチを追究し続ける広瀬は「いま(私は)何を描くべきか」という現実的な課題につとめて意識的に取り組み、成功している画家だと、私などは考えている。自分にしか実現し得ない絵画表現を、試行錯誤の末に獲得し、背伸びをせず、しかし果敢に描き続けているのだ。思想や主題におぼれ、素材やモティーフに惑わされ、何をしたいのかさえ見失う表現者のほうが、いま圧倒的に多い。これでいいのかという迷いが、表現者をさいなみ、やがて諦めへと誘ってしまう。
広瀬の作品を見ていると、厳しさに裏打ちされた優しさが「これでいいのだ」と語りかけてくる。いま描くべきもの・ことは、すぐそこにある。それを見いだせるかどうか。そこから画家の挑戦がはじまるのだ。
広瀬自身がヴュイヤールや熊谷守一の絵に救われたように、広瀬の絵が若い表現者を救う日が来るかもしれない。いや、すでに何人か、救っているのかもしれない。いま描くことの意味を、「これでいいのだ」と優しく語りかける広瀬の制作が、これからも自分らしく、しなやかに、ずっと続いていくことを願っている。(伊藤佳之)

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※このインタビュー記事は、10月8日(土)におこなわれたギャラリートークの内容と、事前におこなったインタビューを編集し、再構成したものです。


1 「4月12日から横須賀美術館で所蔵品展を行う 広瀬 美帆さん」『タウンニュース 横須賀版』2014年4月11日号 http://www.townnews.co.jp/0501/2014/04/11/232752.html

※ 図番号のない画像は、すべて会場風景および外観